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「失われた30年」が示す、インセンティブ設計の原則

   
「失われた30年」が示す、インセンティブ設計の原則のGPT生成本文インフォグラフィック

「失われた30年」を、打つ手がなかった時代だと思っている人は多い。
だが、当時のエコノミストは、何をすべきかをだいたい分かっていた。
不良債権の早期処理も、労働市場の改革も、答えは出ていた。
それでも、30年動かなかった。

答えがあったのに、動かない。
この奇妙さの前では、「正しい政策は何か」という問いはあまり役に立たない。
効くのは、別の問いだ。
なぜ、正しいと分かっている手が、打たれなかったのか。

なぜ日本だけが30年抜け出せなかったのか

平成の30年(1989〜2019)が「失われた30年」とほぼ重なるのは、偶然ではない。
昭和が築いた成長モデルの清算期として、平成がまるごと重なっている。

他国も経済危機は経験した。
だが、たいていは回復した。
日本だけが抜け出せなかった背景には、三つの構造的な原因が同時に噛み合っていた。

  • 不良債権処理の先送り。「地価はいずれ戻る」という前提で、損失の確定を避け続けた
  • デフレ下での政策の逡巡。金融も財政も、中途半端なまま推移した
  • 人口動態の転換。少子高齢化が、成長の前提そのものを崩した

この三つが重なって、「抜け出せない均衡」ができあがった。

世代の問題

均衡を固めたものの一つが、世代だ。
バブル期の成功体験を持つ世代が意思決定層にいるかぎり、「あの頃に戻れるはず」という前提が、制度設計にも経営判断にも染み込む。
正しい打ち手は「それは違う」と却下され続けた。
世代交代が進むまで、構造転換は事実上不可能だった。

若者をバッファにした延命構造

そのツケは、平等には配られなかった。
企業は、本来やるべき生産性向上の代わりに、就職氷河期世代を非正規・低賃金で吸収して帳尻を合わせた。
「失われた30年」のコストを最も負わされたのは、氷河期世代だ。
これはマクロの停滞という抽象的な話ではなく、特定世代への構造的な搾取だった。

最大の分岐点と教訓

もしやり直せたなら

どこで間違えたのかを、一点に絞るとどうなるか。

  • 1990年代前半の不良債権の早期処理。ここが最も決定的な分岐点だ。米国のS&L危機のように早期に確定し、公的資金を注入していれば、「失われた10年」で済んだ可能性がある
  • 労働市場の二重構造を作らないこと。正社員の保護を緩めつつ、セーフティネットを強化する北欧型への転換が要った

どちらも、当時から指摘されていた。
知らなかったわけではない。

「まだ大丈夫」が最も危険な状態

では、知っていて、なぜ動かなかったのか。
逆説的だが、危機が致命的にならなかったからだ。
日本は「もう終わり」の一歩手前で、いつも踏みとどまってしまった。
韓国のIMF危機のように、はっきり「終わり」が見えた国のほうが、むしろ変われる。
緩やかな衰退は、急激な危機よりも対処が難しい。

動かすのは「正しさ」ではなく利得の設計

ここに、動かなさの核心がある。
何をすべきかは、当時も分かっていた。
動かなかったのは、誰がコストを払うかの合意ができなかったからだ。

そして人は、同じ金額でも、利益より損失を約2倍重く感じる(プロスペクト理論)。
だから「痛みを分配しよう」というフレーミングでは、まず動かない。
効くのは、損失の分配ではなく、移行先の利得を具体的に見せることだ。
「変わった後のほうが、これだけいい」を、損失以上のリターンとセットで示す。

スウェーデンは、これを実践した。
解雇規制を緩めつつ、手厚い再就職支援と職業訓練をセットにし、「次の職はもっと良くなる」という構造そのものを設計した。

令和で動き始めた理由

では、令和に入って経済が動き始めたのは、何が効いたのか。
単一の政策ではない。
複数の力が、同じ方向に揃ったからだ。

要素役割
ガバナンスコード改革経営者の行動原理を変えた。「現状維持でOK」から「資本効率を示せ」へ
人手不足投資の方向を決めた。省人化・DX・賃上げが「やりたい」から「やらないと潰れる」へ
円安投資の原資を生んだ。国内回帰やインバウンド需要の呼び水に

2010年に円安だけ起きていても、効果は限られていた。
ガバナンス改革がなければ、企業は利益を内部留保に溜め込んで終わる。
一つの変数だけ変えても、構造は動かない。

ガバナンスコードの巧みさは、「損失を誰かに負わせる」政策ではなかった点にある。
ゲームのルールそのものを変えた。
個々の経営者を直接コントロールするのではなく、インセンティブ構造を組み替えて、間接的に行動を変えさせた。

ここまで来ると、失われた30年と令和の転機が、同じ一つの原則の裏表だったことが見えてくる。
すべてを直接コントロールするのは、コストが高く、複雑なシステムでは現実的に不可能だ。
だが、インセンティブが適切に働く構造を作れば、各主体は勝手に最適化を始める。

ただし、設計して終わりではない。
いちばん難しいのは、設計者が想定しなかった方向に最適化されることだ。
平成の「非正規雇用の拡大」が、まさにそれだった。
だから、設計して、観測して、修正する。
平成の失敗は「打ち手がなかった」ことだけでなく、打った手の結果を観測して直すサイクルが回らなかったことでもある。

この原則は、経済政策だけの話ではない。
組織を変えたい、システムを根づかせたい。
人の行動を変えたいあらゆる場面で、同じことが言える。
「やれ」と言っても、人は動かない。
やったほうが得になる構造を作れば、勝手に動き始める。
そして「まだ大丈夫」と感じている相手ほど動かないという最初の壁は、次に自分が誰かを動かそうとするとき、たぶん真っ先に立ちはだかる。

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