壊れるまで降りられない人へ 責任の「安全弁」という考え方
責任は、持つものであり、果たすものだ。 辞めること、つまり「取る」ことでは、何も解決しない。 そう考えて、降りるという選択肢を、自分の中から消していた。 壊れるまで降りられない、という構えだ。 白状すれば、これはかつての自分の話だ。 引責辞任なんて空虚だ、と本気で思っていた。 だが、その空虚さの正体を突き詰めて Read more
責任は、持つものであり、果たすものだ。 辞めること、つまり「取る」ことでは、何も解決しない。 そう考えて、降りるという選択肢を、自分の中から消していた。 壊れるまで降りられない、という構えだ。 白状すれば、これはかつての自分の話だ。 引責辞任なんて空虚だ、と本気で思っていた。 だが、その空虚さの正体を突き詰めて Read more
引責辞任のニュースを見るたびに、小さなモヤモヤが残る。 誰かが頭を下げ、辞めていく。 けじめはついた、ということになる。 だが、「それで、何が解決したのか」という問いだけが、宙に浮いたまま消えない。 この違和感は、どこから来るのか。 「責任を取る」という、当たり前に使っている言葉。 その語源と歴史をたどっていく Read more